第1回 ワークショップ (法政大学80年館) |
日程 |
報告
陳明順氏(霊山大学校)
「プサン地域の「私小説」認識状況の分析」
この発表は韓国、特にプサン地域において日本の私小説がどのように認識されているのかについての資料収集と分析である。プサンを中心に日本関係の学問と教育に携わっている人々が主な対象となっていて、具体的には現役の大学教授が多い。その大半は日本留学の経験があり、日本への関心度が高いせいか、「私小説」を知らない人はほとんどなく、ある程度の概念は皆持っていることが分かった。中には「私小説」の影響を受けた韓国人作家の紹介など、これから取り組むべき材料が提供されたことも一つの実績だったと言える。そして発表者は、韓国にはその数の少なさから「私小説」に近いものはあっても、「私小説伝統」のような現象はないと指摘し、その原因は社会状況・文化伝統・近代文学の役割からくるもので、それらを日本の場合と複合的に比較する必要性を提言した。[姜宇源庸] |
楊天曦氏(弘前大学)
「翻訳の際に見る中国語と日本語の特徴――「私小説」研究のために」
発表の主旨は以下である。中国語は漢字のみの言語である。文法構造は基本的にSVOであり、動詞の変化もなく、文末表現は開かれているなどの特徴を持つ。しかし、日本語は漢字と仮名を使い、動詞の変化もあり、文末表現は閉じられている傾向がある。さらに人称から見れば、現代中国語の第一人称は「我」、第二人称は「你」(您)の一つのみであり、日本語と大きく異なる。特に一人称の「我」は多重的な性格を持っているため、「我」で小説を書くのが難しい。それから、日本語的な発想は細部から入る特徴があるため、日本語による作品は具体的な場面描写、微妙な感覚表現が多い。しかし、中国語的な発想は大きな構造から入るのである。つまり、中国語と日本語の言語構造の違いから、完全な翻訳は不可能であると楊天曦氏は主張する。[彭丹] |
姜宇源庸氏(漢陽大学)
「韓国における「私小説」認知の現状」
姜宇氏によるこの発表は、現在、中国、韓国、台湾で実施しているアンケート調査の中間報告である。当研究は、主に東アジアとの比較から「私小説」を考えるというものであり、まずは各国において私小説がどのように認知されているかを知ることが重要である。発表によると、韓国において「私小説」に対する認知状況は高く、日本近代文学独自の形式という点から興味も持たれている。が、その知識は研究書からのもので日本の文学史の説明通りであり、概念の理解にまでは至っていないのではとのことであった。今後の課題としては、植民地時代に日本近代文学の影響を受けた作家が多くいたにもかかわらず、韓国で「私小説」が盛んにならなかったのはなぜか、検証が必要だということになった。これらのアンケート結果は、今後原稿にまとめ雑誌に発表する予定である。[梅澤亜由美] |
李漢正氏(漢陽大学)
「韓国における私小説認知の現状と言語との問題」
今回の発表は、韓国における「私小説」認知状況の報告、翻訳作品に見られる韓国語と日本語の違いから「私小説」について考える、というものであった。まず李氏は韓国における日本文学研究書に触れながら、元来韓国文学の中で独自性を持っていなかった「私小説」なる用語が、近年韓国文学研究者の間で認知されてきていることを検証する。その上で、文脈が与えていない独立の文章で絶対に省略されない主語の問題、日本語ほど多様でない一人称代名詞、時制の不一致を拒む文体などの韓国語の性質(日本語との相違点)を提示し、志賀直哉「城の崎にて」、島尾敏雄「夢の中での日常」等「私小説」作品の原文と韓国語訳を丹念に比較検討することによって、「私小説」の言語構造を明らかにしようとした。言語構造の問題から「私小説」にアプローチする示唆深い発表であった。[山中秀樹] |