2007年度  〈研究報告の総目次〉


2007.6.4

[日誌]『私小説研究』第8号、発売

 例年にもまして遅れましたが(おまけに報告が遅れましたが)、8号発売中です。目次は、日本語プラス三カ国語となりました。特集も気合いが入っておりますので、是非ともご購読ください。

[とーます]


2007.6.7

[日誌]今年度作品選定

 今年度の作品選定についての話し合いを行う。例年、研究会は特集テーマの意見を募るところからはじまるのだが、今年は2週間ほど前に決定済み。科学研究助成金「アジア文化との比較に見る日本の「私小説」」と併行して研究をすすめてゆくため、「アジアの〈私〉表現」(仮題)となった。昨年の科研の研究では、中国、韓国、 台湾から講師を招き、アジアの視点からの「私小説」について勉強会を重ねた。今年はいよいよ実際の作品にあたり検証をすすめる。原語で作品を読める人が少ないなど難点もあるが、実りある企画にしたい。

[梅澤亜由美]


2007.6.28

[日誌]今年度作品選定その2

 前回に引き続き、今年度取り上げる作品について話し合う。とりあえず韓国、中国、台湾それぞれの地域で数作 候補を挙げ、選定することに決めた。その後、朴泰遠『小説家仇甫氏の一日』についての率直な感想を述べ合 う。われわれ自身がアジアの自伝的な作品を読む際に、無意識に日本の私小説を念頭においていることを痛感。 そのような読み方ではあまり意味がないのではないかと議論になる。アジア各地域の社会状況・時代状況の中で 〈私〉というものがどう表現されているのかを検討すべきだという意見も出た。

[山中秀樹]


2007.7.12

[研究会]第1回[通算101回] 申京淑『離れ部屋』

 2007年度第1回目の発表は、梅澤亜由美氏による、申京淑『離れ部屋』(2005年6月集英社)の発表。今年度のテーマである「アジアの〈私〉表現」に立脚しての発表であったが、韓国という外国文学を扱っているため、さすがに出席者も含め皆手探りな状態であったと言える。先ず梅澤氏は、『離れ部屋』の詳細な作中進行表を提示しつつ、この作品が従来、社会性の強かった韓国文学に対し小説の個人化や「内向」的傾向が認められる点、さらには「私」からの「社会」という視点が自覚的に導入されている点を指摘。こうした特色を背景に、日本の“私”の表象と韓国の“私”の表象の相違点、作中の「わたし」の使用頻度と自己言及的要素との関わり、韓国社会や歴史において“私”の表象が変化せざるを得ない環境について等々、様々な議論が交わされた。『離れ部屋』と志賀直哉『和解』とを比較した場合、両作品の共通性は「私」を書いているだけではなく、「私」がその作品を書いている過程を作品化していることが挙げられる(小説家小説)。ただし両作品の発表年次はかなり隔たっている。この年月の差は何なのか。「私」を描く文学的環境は、その国の社会や歴史がいかほどか影響しているのか。または梅澤氏も指摘しているように、自分の体験を描き出そうとする作家の意志さえあれば文学的環境はさほど問題にはならないのであろうか。いずれにせよ、アジアという枠組みで「私」の表現を考察すると茫漠たる原野が広がっている。今後の発表においても、様々な角度から考察することが要請されるだろう。

[渡辺賢治]


2007.8.2

[研究会]第2回[通算102回] シンガポールの〈自伝〉について

 今回は、松下奈津美氏による発表で、テーマは「シンガポールの〈自伝〉について」。主にシンガポールにおける三つの自伝、西村竹四郎『在南三十五年』(1943)、タン・コクセン『シンガポール育ち ある苦力の自伝』(1972)、陳儀文『ミセス陳と呼ばれて 華僑になった日本人』(1995)をとりあげ、シンガポールにおける〈自伝〉の分析がなされた。国家としての歴史を200年しか持たない、極めて新しい多民族国家である点。また、かつて日本の占領下時代には「馬華抗日文学」弾圧の歴史などを経ながら、日本軍撤退後は〈マラヤ化〉(脱中国化)に向かい、今は国家が進める二カ国語教育運動のために英語で小説を書く作家も増えつつある「シンガポール文学」の背景も、解説された。その上で、「日本人移住者による自伝」「シンガポール人による〈自伝〉」「シンガポールへ嫁いだ女性の自伝」と並べられ、その内容も自由貿易地として名高い多民族国家・シンガポールの多様性がよくあらわれていた。またシンガポールでは小説があまり書かれず読まれず、海外の翻訳小説が主流だが、『シンガポール育ち ある苦力の自伝』はベストセラーになるなど、〈自伝〉がシンガポールの人々に一つの立身譚として受け入れられた側面もあるとのこと。「文学が育ちにくい」といわれている土地での〈自伝〉の効用や、文学作品が受け取り手である読者に与える影響・役割を再考する上で、興味深い現象だという意見もあがった。松下氏からさらに、地方では口承文学の方が未だに豊かだというシンガポールの現状もあげられ、気がつけば自然と「近代文学」「近代小説」の側に身を置いている私たちを再確認させられる思いだった。「文学」のありかた自体を考えさせる意味でも、大変刺激的な発表であった。

[沼田真里]


2007.8.9

[研究会]第3回[通算103回] 邱永漢「濁水渓」

 山中秀樹氏による邱永漢「濁水渓」の発表。作者は台湾出身で、1955年に小説「香港」で外国人初の直木賞を受賞した。また、「濁水渓」は太平洋戦争の時期の台湾・日本を舞台とし、青年「私」の彷徨を描いた作品で、台湾で起きた「二・二八事件」を本格的に取り上げた最初の文学作品でもある。山中氏は、台湾・中国の歴史を踏まえた上で、作者の略歴と作品(主人公)の流れを表で比較し、主人公とその友人の劉徳明を、作者自身が仮託された人物だと指摘した。そしてこの作品は「台湾で生まれ育ち終戦(日本統治からの離脱)・「二・二八事件」を経験した人々のアイデンティティ獲得の過程を描いたもの」で、作者同様主人公も香港亡命という道を選び、一方で劉徳明を台湾人として生きる道を選ばせていることで、作者の「アイデンティティは実は二つに引き裂かれていたと言える」と分析した。ちなみに作者は、台湾人しか出てこない小説を日本で書いていても読者は面白くないだろうと考えたようだが、「濁水渓」の読後感は日本文学と同じで、外国人の作だとは感じられなかった。その「感じ」が何を根拠としているのかが分かれば良いのだが……。今年のテーマは難しい(毎年言っているような……)中で、今回は示唆にとんだ発表だった。

[大西 望]


2007.8.23

[研究会]第4回[通算104回] 李昂「自伝の小説」

 本日は山根氏による発表。台湾の女性作家、李昂の「自伝の小説」を扱った。李昂は女性問題や政治問題等をよく扱う作家だそうだが、この作品は、台湾の女性活動家、謝雪紅の生涯を扱ったものであった。「序」で李昂自らが「誰の自伝か、誰の小説か」という問いかけを発しているとおり、その語りは非常に複雑で重層的になっており、言葉どおり「誰の自伝か、誰の小説か」を読者に考えさせ、惑わせるものだった。発表者は、この人称が様々に変化し、語り手や登場人物が一体化したり、また遊離したりしていく語りを、作中で描かれる諸問題を、当事者だけのものとせず、全ての女性のものとすべく工夫されたものだという見解を示した。複雑で独特な「私」の表出のし方であると考えられるが、「私」「語り」「女性問題」「台湾」これらの相互の関わりを理解するのは難しそう。

[奥山貴之]


2007.9.13

[研究会]第5回[通算105回] 楊逵『新聞配達夫』

 1931年10月の『文学評論』に発表された本作品は、台湾人作家が初めて日本国内の文壇において評価された作品として有名なものだ。また伏せ字が散見されることからも分かるように、日本統治期における台湾の悲惨な現実を告発すると同時にマルキシズムに裏打ちされた社会変革の思想を内包した作品でもある。つまり『新聞配達夫』という作品は台湾人によるプロレタリア文学と言っていいわけだが、その作品の現代性を指摘しながら報告して下さったのは、渡辺賢治氏である。1920年代と推定される日本において新聞配達夫の労働環境は非常に過酷なものであったが、その構造自体が現代にも引き継がれているという氏の体験的な指摘には驚かされる。また、本作品が作者の実体験を基にしたものだが自伝的作品(私小説)とは言えないこと、日本植民地政策への抵抗を描いた作品であること、階級対立を軸とした人間観に基づいているためか、日本のプロ文と全く同じような印象を読者に与える作品になっていること等が確認されたことは大きな収穫であった。〈思想〉というものが主導権を持つ世界においては「私」の表出のされ方も似たりよったりのものになるのであろうか、とは、私の妄想だが、社会と個人(「私」)との構図を考える際には一度立ち止まって考える必要のあることかもしれない。

[齋藤秀昭]


2007.10.18

[研究会]第6回[通算106回] 魯迅の自我小説における「私」表現

 本日の発表は、彭丹氏による「魯迅の自我小説における「私」表現」についてであった。表題にもあるように、中国では日本の「私小説」のような作品を「自我小説」というのだという。発表者は、魯迅の「自我小説」の中から『小さな出来事』『酒楼にて』『孤独者』の三篇をとりあげ、魯迅の自我表出について分析を行った。それによると、魯迅は「中国知識人の代表」としての自分と、そういった枠組みからはずれた弱さや醜さももった自分という二つの自我を抱えていた。そして、作品ではそのそれぞれの自我を、第一人称の「私」と第三人称の人物(『酒楼にて』の呂緯甫、『孤独者』の魏連殳)に分けて投影しているのだという。そのような設定をせねばならなかったことについて発表者は、魯迅は個人としての自我を追究したいと思っていたが、「中国知識人」という社会的立場を捨てきれなかったため、郁達夫や郭沫若のようには自己をさらけ出すことが出来ず、結局自己の問題も「中国知識人という集団の自我」にすり替えざるをえなかったからだとした。このような発表者の見解の根底には、中国で受けた教育から勇敢な戦闘精神をもった魯迅のイメージが強かったが、最近は人間としての魯迅やその文学性にもっと目を向けたいという思いがあったのだという。討論でも、魯迅の社会的メッセージ性とその文学の抒情性とが話題となった。中国では、近年多少の変化があるもののやはり、啓蒙的な知識人としての魯迅像が強いのだという。一方、出席者からは魯迅の小説の魅力として、文学的抒情性をあげる声が多かった。同じ作家や作品でも、文学に求めるものが違えばこんなにも見方が変わるのかというのが強く印象に残った。中国から日本文学の研究に来ている発表者の見解は、これら二つをいいバランスでつなげていると感じた。個人的には、このような評価の分かれる魯迅の作品は、中国ではなぜこれまで「私小説」的な作品が書かれなかったのかを考える上でのいい素材となると思った。その他、文化大革命の間でさえ魯迅だけは別格であったなど、知識としても学ぶことの多い発表であった。

[梅澤亜由美]


2007.11.1

[研究会]第7回[通算107回] 陳火泉「道」

 本日は、齋藤秀昭氏による発表であった。台湾人作家陳火泉が1943年の『文芸台湾』に発表した作品『道』は、発表当時から「皇民文学」であると言われ、また「反皇民文学」であるとも言われた。主人公の皇民観、そして主人公と作者の経歴と重なることから、主人公と作者を混同してしまう私小説的な読み方がなされ、短絡に「皇民文学」だと批判されたのである。 しかし、発表者は、作品が主人公の姿を描くことによって日本の植民地支配の強力性・暴力性・偽善性を暴き出していると考える。また、三人称で書かれていることから、主人公と作者との距離感が表現され、特に最終場面においては、自暴自棄的に皇民精神に殉じようとする主人公を、作者が距離感を持って描き出していると発表者は強調する。支配・非支配という社会構造の中で、〈私〉の追求は民族的なアイデンティティーの自覚や酷薄な民族差別との対峙などの様相を帯び、 つまりこのような場所にある〈私〉表象は、平和な場所での〈私〉表象と決定的に違うものがあると発表者は主張する。

[彭丹]


2007.11.29

[研究会]第8回[通算108回] 衛慧『上海ベイビー』

 本日は大西望氏による、衛慧『上海ベイビー』の発表。この『上海ベイビー』は出版当初「新人類文学」と評され、中国では一部地域で発売禁止という物議を醸した作品でもある。急速に変化を遂げていく上海を舞台に、主人公である「私」が恋人「天天」や愛人「マーク」らとの関わりを中心に愛や創作について考え、最後には「私は誰?」と問うことで物語は終わっている。また性描写を始め中国の文化や政治への反発とも言える内容が垣間見えており、「新人類文学」と評される所以が散見される。なお作中は一見すると一年間の出来事として展開しているようだが、莫大とも言える事項が凝縮されておりかつ時間軸も曖昧で判然としない。大西氏はこうした曖昧な時間軸を整理すべく、各章ごとに要点を抽出し表を作成されたが、そこからは「『私』の爆発的な『自白書』」(リービ英雄 2001年5月6日付『朝日新聞』〈朝刊〉)が確認出来たのではないかと言える。出席者の間からは、私という個の問題と社会や時代との関わり、またその整合性、現在の中国における新しい生き方としての模索、上海といういわば資本主義的な状況下での私の表出についてなど、いくつかの問題が提示された。また作品全体から「聡明さ」「国際人」「フェミニズム」といったキーワードも提示され、「新人類」の旗手として評された『上海ベイビー』の特異さが窺える。いずれにせよ、「私は誰?」といった自己探求が斬新に成されており、社会と呼応する私小説の一つの姿が表されているのではないだろうか。

[渡辺賢治]


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